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彼女の福音

肆拾漆 ― ひだまり ―

 

 あたしは麦藁帽子の下から空を見上げた。

「いい天気よね」

「ん。そだね」

「というわけで、これから陽平君は可愛い杏ちゃんとデートだけど、どこに連れてってくれるのかなぁ」

 目一杯しなを作って見せると、こんな返答が返ってきた。

「えっと……図書館?」

「……」

「しょ、商店街なんてどうかな……?」

「…………」

「公園の散歩なんていいかもねっ」

「……………………」

 沈黙に耐えきれずに、陽平が笑顔を崩した。

「しょ、しょうがないだろ。いろいろと出費がここんとこ嵩んでるんだから」

「あんたまさかまた大量にエロ本買ったとか言うんじゃないでしょうね」

「違うよっ!!僕だって命は惜しいよっ!」

 さすが陽平、自分の立場をよくわかってらっしゃる。

「じゃあ何だって言うのよ」

「ん~、えーっと、そのぉ」

 視線を逸らしたり、咳払いをしたり、挙句の果てには「ほんといい天気だねぇ……」とか言ってくれやがったので、いそいそと本を取り出すと

「ひぃいっ!く、クーラー買っちゃったから、結構空っ欠なんだよっ!!」

「クーラー?」

「そ。クーラー。クーラーってのはね……」

「いや、別に田舎者の陽平に教えてもらわなきゃいけないほどあたし文明遅れしていないし」

「それ、何気に差別発言っすよねっ?!!」

「で?何でいきなり?」

 すると、それこそ陽平は言いづらそうに顔を背けたり、こっちをちらちらとみたりした。

「ん?何よ」

「えっと……あれなんだよねぇ……ほら……その、ねぇ?」

「もしここで『いい天気』とか抜かしたら、芽衣ちゃんにあんたの恥ずかしい性癖をたあっぷりと教えてあげるから」

「それ、トラウマモノですよねぇっ!!?下手したら鬱病になりますよねぇっ!??」

「あ~んなことをしないかって誘ったり、某モードが長かったり、ナニする時間が短かったり、○○○で興奮したり……」

「わーっ!わーわわーっ!!」

「さあWAになって踊ろう」

「違うよっ!!」

「WAWAWA忘れ物~」

「むしろ綺麗さっぱり忘れてほしいよっ!!」

「うん、それ無理」

「そこでクラス委員長繋がりのネタ出しますかアナタッ!!ああくそっ、言えばいいんだろ言えば!!」

「最初からそうすればいいのよ」

 えっへん、と勝ち誇ったあたしだったけど、次の瞬間、陽平が爆弾発言をしたので勝利のムードは霧散してしまった。

「いや……杏が僕の部屋、暑そうだったからさ……」

「へ?あたし?」

「本当はびっくりさせたかったんだけどね……」

 そこまで言われたらしょうがない。許してあげることにした。

「って、ちょっと杏、いきなり腕に抱きつかないでよっ」

「ん~?ダメ?」

「だ、ダメじゃないけど……む、胸が、うででうで腕にあたあたたて」

「何か文句あるの?」

「ありませんっ!これっぽっちもっ!!」

 即答されるとねぇ……

「それで?どこ行く?」

「ん~、じゃあ公園かな。商店街行っても、何だか面白くなさそうだし、陽平に図書館なんて合わないし」

「それって、僕に読書が似合わないって言いたいんですかねぇっ?!」

「違ったのっ?!」

「……そんなに驚いた声出さないでよ……」

 ぶつくさ言いながらも組んだ腕を解かないところが妙に可愛かった。

 

 

 

 

「でね、本当にひどいのよ、その男。その女を理想の女性だの何だのとか言ってたのに、結局は弁護士の娘を選んじゃうんだから。だいたいね、その男がもっとしっかりしてたらね、幼馴染ももっと救われてたと思うし」

「ちょっと待ってよ、杏。そいつ、幼馴染フラグも立ててたわけ?」

「そうよ。なのにほっぽいたから、婚約者がいたのにその男の親友と駆け落ちして死んじゃうんだから」

「もう泥沼だね……どうやって死ぬの?」

「船で逃げようとして、船が沈没」

「まさにもうNice boatとしか言えないね……で」

「結局ね、結婚したはいいけど、相手に妻としての能力がないって気付くのよね。何というか、もっと慎重に相手を選びなさいよって。何なの、馬鹿なの?死ぬの?」

「……で、死ぬの?」

「うん、相手が」

「うわぁ」

「でもね、そしたらほいほいとさっきの理想の女性とやらとくっついちゃって、幸せに暮らしましためでたしめでたし。何そのエンディング?人生馬鹿にしてない?」

 あたしは木陰で陽平に問題の本を見せていた。

「う~ん……一つ言えることといえば」

「うん、何?」

「それ何てエロゲ?」

「立派な英国文学よ。ディケンズよディケンズ。まったく、どこが紳士の国なのかしら」

「ある意味漢とも言えなくもないけどね」

「何言ってんの。いっとくけどね、もしあんたがほいほい他の女についてくようなヘタレだったら」

「……ヘタレだったら」

「そんなにその女がいいんだったら一緒にチチくりあってなさい。東京湾の底で」

「こわっ!!杏様こわっ!!」

「ま、そんな話あり得ないっぽいもんね」

 そう言って笑うと、陽平が頬を掻いて聞いてきた。

「……それって、信用してくれてるってことでいいんだよね」

「あんたに寄りつくほどの物好きはそんなにいないってこと

「滅茶苦茶失礼っすね、アンタは相変わらずっ!!」

「陽平にはあたし一人で充分。そういうこと」

「いや、むしろいろんな意味で手に余ってますねっ!!経済的にとか素行とか暴言とか!」

 ギロリ

「あァ?何だって?」

「すいません……」

「まったく……とにかくあたしが言いたいのはね」

「『陽平君は大人しく杏様だけを見ていなさい』ってことでしょ」

「何よ、わかってるじゃない」

 ふふ、っと笑って、あたしは陽平の肩に頭を乗せた。

「……ねぇ陽平」

「……ん。何」

「最近、大丈夫?何だか悩んでたようだけど」

「……ん」

 陽平の手に自分のを重ねた。木陰のせいだろうか、それとも草のせいだろうか、握った手は少しひんやりとしていた。

「悩んでるんだったら、あたしに言いなさいよ。これでも一応あんたの彼女なんだから」

「一応なんだね……」

「実は主人です。陽平は下僕です」

「あ、何だかいろいろ納得……できないよっ」

「陽平、あたしの靴をお舐め」

「ははぁ、ありがたき幸せでございます杏様……って、本当にやりそうになったよっ!役にはまりすぎだよっ!!」

 まったく、と腕を組んでプンスカする陽平の頬を指でつついた。

「で?悩み事の話」

「……ん」

「解決したの?それともあたし、手を貸そうか」

「……ん。何だかこればっかはね……」

 どこかぎこちなさそうに陽平が視線を逸らした。

「……あたしって、頼りないのかな」

 ため息交じりに呟くと、陽平があたしに向き直った。

「何でそうなるんだよ」

「だって、陽平が困ってるのに力になれないなんてさ……彼女失格かなぁ」

「そんなわけないだろっ」

 半ば真面目に怒ったらしく、陽平が声を荒げた。しばらくの間、あたしたちは二人とも、陽平の大声に驚いて黙ったままだった。

「……杏が彼女失格なんて、そんなわけないだろ。頼りなくなんか、ないよ」

「陽平……」

「だって、僕は……」

 その後は言葉にならなかった。じっとお互いを見つめていた目がゆっくりと閉じた。

「ん……」

 軽い触れ合い。それだけのつもりで、実際にあたしたちが繋がっていたのはほんの数秒だっただろう。それでも、あたしにはそれが随分と長い時間だったかのように思えた。

 やがて唇が離れると、あたしも陽平もうっすらと目を開けた。あたしが陽平の頬に手を添えて、もう一度接近しようとした時

「――っ!!」

 急に陽平が立ち上がった。そして、妙にぎこちない笑顔をあたしに向けた。

「な、何だか暑くなっちゃったよね。僕、そこらでアイスでも買ってくるよ」

「は?アイス屋さん、店出してるの?」

「あ、えっと、ちょっくらコンビニまで行ってくるよ。杏は待ってて」

「あ、ちょっと、陽平」

 あたしが止めるのも聞かずに、陽平はそのまま走っていった。

「何だったのかしらね」

 少し不機嫌そうに呟いてみた。辺りには誰もいない、いい雰囲気だったというのに。

「まったく……ヘタレなんだから」

 もう少し度胸があってもいいんじゃないかと思う。まぁ、陽平がヘタレだっていうのは充分承知していて、それも込みであたしはあいつが好きなんだけどね。

 そう、今のは照れ隠し。陽平は口ではエロだの萌だの言うけど、実際に実践するとなると結局は尻込みしてしまう、少し可愛らしいところがある。だから今のも、ちょっと陽平がチキンっただけ。そうに決まってる。

 そうじゃないとしたら、何だって言うのよ。

 

 

 

 

「ゴメン、これしかなかった」

 そう言って陽平があたしに見せたのは、グレープ味のパピコだった。

「いいんじゃない?二人で分けるってものだし」

「まぁ、そう言ってもらえればうれしいけどね」

「それにしても、随分時間かかったわね」

 陽平が走って行ってから、かれこれ三十分は経っていた。その間のあたし?そりゃあ、賢者モードならぬ乙女モードに入ってたわよ。何、悪い?

「それがさ、アイス売場の前で河南子に会ってさ」

「河南ちゃんって、鷹文君の彼女の」

「そ。あのイミフ大賞優勝者の河南子」

 あたしはふと八重歯のツインテールの女の子を思い浮かべた。

「元気にしてた?」

「元気じゃない河南子なんて、見たことないね」

「確かにね」

 河南ちゃんが元気ないなどと言った日には、ウリボウが降ってもおかしくないと思う。

「それさぁ、結構やばくないかな」

「そう?プリチーだと思うけど」

「考えてもみてよ。五キロぐらいの肉塊が、空からすごいスピードで落ちてくるんだぜ?車は凹むわ、電線は切れるわ、木の枝は折れるわ……しかも堕ちた衝撃でウリボウ達は即死、世界は阿鼻叫喚。んで、万が一それが人に当たったりしたら……僕っ、死にたくないようっ!!」

「あんた朋也みたいなこと言うわよね」

 少しげんなりしてあたしは頭を抱えている陽平を見た。まぁ、確かに現実を見ればそうなるんだけどね、もう少しこう、メルヘンっていうものを考えなさいよ。そう思いながらパピコを齧った。

「で、河南ちゃんがいて?」

「あー、うん。まあちょっと世間話」

「ふぅん。世間話、ね」

「そう、世間話。智代ちゃんとか岡崎のこととか」

「へぇ。あんた、彼女を待たせて違う女と別の女のこと話してたわけね」

 びくっ、と陽平が体を震わせた。あたしの言わんとせんことがわかったらしく、笑顔が引きつる。

「い、いや、別にそういう意味じゃなくて……」

「しかも両方とも彼氏持ち旦那持ち。罪もここまで深いとどうしたらいいやら」

「ね、ねぇ杏、僕の話を聞いてくれないかな」

「聞いてるわよ。聞いたげる。コンクリート詰めになる前の最後の一言なんだもの、それぐらいの慈悲はあるわよ」

「僕埋められるのっ?!東京湾の礎になっちゃうのっ?!!」

「陽平……無茶しちゃって……」

「沈めるの杏だよねぇ?!死を悼むぐらいだったら、いっそ取りやめにしてくれませんかねぇっ!!」

「うんそれ無理」

「まだそのネタ引きずってたんだっ!!」

 じりじりと詰め寄ると、陽平は腰を抜かしてしまったのか、その場であわわわわ、とガクブル状態に陥った。

「そう言えばママに試された時、勝平が投擲を避けたのに対して、あんたは回復能力の高さで勝負してたわよね」

「きょ、杏?あ、あはは、マジ怖いんですけど」

「その回復能力、ドラム缶に詰められたままでも発動するのかしらねぇ」

「ひぃ、ひぃいいいいいいいっ」

 陽平が目をつぶった瞬間、あたしはにやりと笑った。

「隙ありっ!!」

「ひでぶっ」

 びし、とあたしのデコピンが陽平に直撃した。一瞬、陽平の首があり得ない方向に曲がったかよ脳に見えたけど、恐らく目の錯覚だろう、うん。

「目の錯覚じゃないよっ!!首の骨が折れるかと思ったよっ!!」

「これで勘弁してあげるんだから、感謝なさい」

 おでこの中心に小さなコブができた陽平を尻目に、あたしはかんらからからと笑った。

「それよりも、食べ終わったらどうしよっか」

「ん~、正直ネタ切れ。杏が行きたいところとかある?」

「ハワイ」

「普通に無理っすっ!!」

「じゃあニューヨーク」

「じゃあ、って何だよじゃあって!!」

「パリでもいいわよ」

「どんどん遠ざかってますよねぇっ!!?」

 冗談よ、と笑うと、陽平ががくっと項垂れた。

「冗談に聞こえなかった……充分ありえそうだった……」

「あたしが陽平にそんな無茶を言うわけないじゃない。もう、陽平ったら」

「……杏……僕、杏の事、勘違いしてたよっ!やっぱり杏は僕をそんな風には使わないよねっ!」

「あったりまえでしょ」

 感極まって陽平があたしに抱きついてきたので、あたしはその頭をなでなでした。

 彼氏は生かさず殺さず生殺し。これね。

「ん?杏、今何か言った?」

「え?何のこと?」

 

 

 

 

「ん~。何だかね」

「何よ」

 あたしは陽平を不思議そうに見た。

「嫌い?こういうの」

「嫌いってわけじゃないんだけどね。ホントにこれでいいの?」

「いいじゃないの。天気はいいんだし」

 あたしは陽平の腹に頭を乗せて、目をつぶった。通り過ぎる風が気持ちよかった。

「ま、ちょいと恥ずかしい……かも」

「芝生に二人で寝そべるなんてベタな時間の過ごし方、本来なら青春時代にやるようなもんよ。二度目のチャンスがあること自体感謝しなさい」

「そりゃ、そうかも」

 陽平が苦笑した。笑った時の震動が頭にも伝わる。

「ずっと、ずっとこうしてたらいい。そう思わない?」

 あたしが陽平に語りかけると、しばらくの間陽平は黙っていた。

「陽平?」

「……そうだね。ずっと一緒にいられたら。そりゃいいかもね」

 それは、限りなく希望的で、どことなく絶望的な呟きだった。

「いられ……ないの?」

「……さあどうだろ。わからないよ」

 あたしは反転して陽平の体に顎を乗せ、上目遣いに見た。

「いられるわよ、きっと。というか、そう信じなきゃ。少なくとも、あたしはそう信じてる」

 だって。

 だって、あたしは陽平のこと、大好きだもの。

 そんな恥ずかしいことを口にしようかと逡巡していると、子供たちの声が聞こえてきた。

「おりろよぉ」

「ずっといられるとー、こまるんですけどー」

「だめなのお。おにいちゃんくるまでまってなきゃだめなのお」

「うるせえなあ。おりろっつってんだろお」

 見ると、三人の男の子たちが自分たちよりも小さな女の子をブランコから降ろそうとしていたようだった。

「うぜえんだよ、おまえー」

「おにいちゃん……おにいちゃん……」

 しまいに女の子は泣き出してしまった。子供の泣き声。あたしが世界で一番聞きたくない音だった。

「陽平、あたしちょっと……」

「杏、ちょっと待ってて……」

 起き上がった陽平に話しかけると、陽平も同時に同じことを口にしていた。あたしたちは頷くと、すっくと立ち上がった。

「ちょっとあんたたち……」

「こぉらあああっ」

 あたしが声をかけるより早く、その三人の男の子たちよりもさらに大きな、だいたい小学生中学年ぐらいの男の子が走ってやってきた。

「お前ら、妹を泣かせてるんじゃねえっ!!」

 突然現れた上級生らしい男の子に、さっきの男の子たちはたじたじと後ずさり、そして蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

「何だ、お兄ちゃんが戻ってきたんだ。めでたしめでたしってことかな」

「うん……でも、何だか様子が変よ。ちょっと待って」

 あたしは駈け出すと、その兄妹に話しかけた。最初は警戒されていたけど、近くの幼稚園の先生だと言ったら少し信用してもらえた。しばらく二人の、というかお兄さんの話を聞いていると、陽平がやってきた。

「この子たち、迷子みたいなの」

「迷子?」

「うん。買い物に行ったっきり、家への帰り道がわからないんだって」

「……ねえ、君」

 陽平が女の子の方にしゃがみこんだ。お兄さんが警戒して陽平を睨んだ。

「お名前は……ひとみちゃんか。僕はね、陽平って言うんだ」

「……」

「これ、名札?ちょっといいかな」

 そう言うと、陽平は名札を裏返し、そしてにやっと笑った。

「やっぱりね」

「やっぱり?」

「ここに家の住所が書いてあるよ。そんなに遠くじゃない」

 それを聞いて、あたしと女の子は安堵のため息を漏らした。

「じゃあ、送ってあげましょうか」

「そうしよっか」

「いや、いいです」

 不意にお兄ちゃんが言った。

「どうして?すぐそこよ。遠慮しなくていいから」

「いいです。俺が何とかしますんで。俺、アニキですから」

 なかなかしっかりした、責任感の強そうなお兄さんだな、と思っていたその時

「ふざけるんじゃないよ」

 陽平が半分本気で怒った声を出した。

「君、何?お兄さん?お兄さんだからって何でもできるわけ?」

「……アニキですから」

「へっ、そうやって兄貴面してれば何とかなるの?兄貴面してればひとみちゃんはお家に帰れるわけ?」

「ちょっと陽平」

「馬鹿にするんじゃないね。そういうのは自己満足って言うんだ。いいかい?君の役目は」

 陽平はちらっとひとみちゃんを見ると、お兄ちゃんをキッと見据えた。

「誰かに縋ってでも頼みこんででも、ひとみちゃんをおうちに帰してあげること。それが兄貴の役目なんじゃないかい」

「……」

「だいたいさ、そんなにカッコつけなくてもいいじゃん」

「……え」

 驚いた顔をして、お兄ちゃんが陽平を見た。

「もう君は、兄貴としてやらなきゃいけないことをそれなりに果たしたじゃん。妹を守ってやっただけでも及第点だね。だから後は」

 そこでようやく陽平はにっとお兄ちゃんにも笑って見せた。

「大人にもいいところ見せさせてよ」

 

 

 

 兄妹をおうちに送り届けた帰り道、あたしは陽平に寄り添って歩いた。

「何だかごめんね、デート、ヘンな風になっちゃって」

「別にいいよ。杏が手を出さなくても僕だって見てられなかっただろうし」

「……優しいのね、陽平」

「違うね。僕はああいう兄妹がうろうろしてるのは嫌なんだ。それだけのことさ」

 それだけのこと、と陽平は言ったけど、やっぱりそれは

 他人が困っているのを嫌だと感じられ、そして何とかしようと思うのは

 やっぱり優しさなんじゃないかと思う。

「ねぇ、陽平。一ついい?」

「ん。何かな」

 あたしは数歩前に出ると、陽平の前に立った。

「あたしはさ、あんたが何抱えて何について悩んでるのかわからないけどさ。でも、やっぱりあんたがそうやって他人であっても力になろうとしたってのは、すごいことだと思う」

「……そうかな」

「少なくとも、あたしは、あんたがそれを誇ってもいいと思う。もうちょっと胸を張ってもいいと、そう思う」

 そう言って笑うと、陽平は照れくさそうに視線を逸らして笑った。

「だからさ、陽平」

「何だよ」

 そう言って向き直った陽平に、あたしは背伸びした。普段はあまり気がつかないんだけど、陽平ってやっぱりあたしよりも背が高いんだなぁ、と実感した。

 唇を放して、えへへと笑いながら、あたしは心の中で言った。

 

 

 これは、そんなあたしの彼氏への、あたしなりのご褒美。

 

 

 

 

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